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| 「母と子」 真嶋元枝、昭和29年、致道博物館、山形 |
映画「ペリリュー」は1万2千人のうち34名が生き残った奇跡、と悲劇を描きます。貫く思いは「日本に帰りたい、家族に会いたい」という帰還の願いです。「天皇陛下万歳、鬼畜米英、生きて虜囚の辱めを受けず」は大義名分なだけで、二十歳の青年たちにはやはり「お母ちゃん!」です。「お母ちゃん!」と叫んで死んでいき、「お母ちゃん!」と夢見ては軍部の洗脳を乗り越、奇跡的に帰還を果たしました。
預言者エレミヤは紀元前587年にユダ王国が滅ぼされ、民がバビロンに拉致されていく絶望の只中で希望を預言しました。罪の報いの期間が終われば、神は地の果てから民を連れ帰る。そして「大いなる集団がここへ帰ってくる」と。故郷への帰還です。エレミヤは預言成就の前に死にましたが、50年後に民は故郷に帰還します。民は「神が連れ戻してくれた」と嬉し涙を流して主を賛美しました。
しかしエレミヤの預言はこの世的な帰還では終わりませんでした。本当の預言成就はその570年後になったのです。神が人となることで、人が神に帰る道が開かれました。天と地が「キリストのもとに一つにまとめられた。」(エフェ1:10) イエスさまに結ばれることで、私たちは死と罪と病との戦場から解き放たれて、天の父なる神のみ胸に帰っていけるのです。
死ぬことを「帰天」するとも言います。人は天の父の御心によって生まれ、この世で喜び楽しみ、よく働き、または罪と病と死と闘い、最後には魂の故郷である天の父へと帰っていく旅です。イエスさまはその道の同伴者、道そのものです。
もちろん独りだけ地上から離れて帰って行くのではない。地上のあらゆるものを、苦手なあの人も、神は「大いなる集団として」引き連れて天に帰ります。そのとき地は天に満ち、天は地を招き入れ、天と地は大きな喜びのうちに交わるのです。
聖餐で 「心を神に」と地上に生きる心を天に上げるとき、私たちは少しずつ天へ帰っていきます。イエスさまと一体になって、愛する人たちを一体になって、天に帰っていく。泣きながら死んでいったペリリューの青年たちも、共に、帰って行く。
「天のお父ちゃんのところに帰ろう! 私が必ず連れ帰ってやる。」

