神の宴で落ち着いて 「むしろ末席に行って座りなさい」ルカ福音書14・10

2025/08/29

おもてなし 三位一体 食卓

2025年8月31日 聖霊降臨後第12主日(特定17)

Kelly Schumacher of Agnus Dei on Matthew 26:29. 2016年.

単純な話にしてみます。夫婦二人でカフェに行き、私か妻かどっちがより落ち着く壁側の奥の席に座るか。奥が上座で手前の席が下座でしょうか。お恥ずかしい話、今までは普通に自分が奥の席に座っていました。でもやっぱり妻に奥の席に座ってもらう方がいいなと思うようになりました。彼女が落ち着いて楽しめれば、それは嬉しいな、と。

席順マナーの根本にあるのは相手に「落ち着いて楽しんでほしい」というおもてなしの精神です。形だけの「謙虚さ」ではありません。

イエスさまの席順の譬えでは、席が逆転します。「宴会の上座に座ろうとする者は、もっと偉い人が来て上座から下されて恥をかく。だから下座に座りなさい。そうすれば上座に引き上げられる。」

ですがこれは「最終的に上座に着くためには謙虚に出るのが得策」という処世術ではありません。そうではなく、復活の宴会では傲慢な者は低められ、謙虚な者は高められ、この世の価値観が逆転する。だからこの世の価値観や世間体に縛られず、神に仕えよ、と。

ただし謙虚さは「遠慮」ではありません。神の宴席で下座に着くのは、大切な人に神の愛の交わりを「落ち着いて楽しんでもらう」ためです。父と子と聖霊の愛の交わりを心ゆくまで楽しんでもらう。そのために互いに仕え合うのです。

イエスさまは私たちに神の命を「落ち着いて楽しませる」ために、自らは最も不安な死の苦しみへと、へりくだっていかれました。「謙虚な人」になるためではなく、神の命を私たちに楽しませるために、自分の命を捨てられたのです。献げたのです。与えたのです。

神の国、復活の食卓であるこの聖餐式で本当の下座から仕えて下さるイエスさまに感謝して、落ち着いて楽しませてもらいましょう。あなたが神さまとの関係を楽しむこと、それがイエスさまの願いです。

「いいんだ、いいんだ。楽しんでくれ。そのために私は苦しんだんだ。遠慮も何もいらない、心いっぱい味わってくれ。神の存在を、この命を、この愛を。」


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聖公会京都教区の司祭です。大津聖マリア教会勤務です。うつ当事者として自助グループ「マ・カタリーナ」の世話人もしています。リンクをご覧ください。

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