2026年11月1日 諸聖徒日 聖餐式 (逝去者記念の祈り)
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| 羊皮紙写本「クロイスターズ黙示録」1330年頃、クロイスターズ美術館、ニューヨーク. |
諸聖徒日にあたり、全ての聖人と共に、愛する逝去者の魂の平安と、彼ら彼女らとの聖徒の交わりを祈ります。
死は悲しいものです。愛する人が死ねば「遠い天国」へ行ったきり、もう会えない。記憶にあるのは、沈黙し、冷たくなった最期の顔。悲しい。寂しい。虚しい。胸には不在感の風穴が開く。
しかし聖書が表現する「天」では、死者は冷たく黙っていません。彼らは歌っています。感謝と賛美の諸聖徒となり、礼拝してるのです。
黙示録の表現では、白い衣を着た大群衆が、玉座の神と子羊イエスさまに向かい、声高らかに聖歌を歌い礼拝しています。(7:9-11)キリストが「彼らの目から涙をことごとく拭ってくださる」ので、彼らには悲しみは一切なく、慰めと喜びで満ち溢れています。(7:17)
また、山上の垂訓でも、地上で苦しく悲しんでいる人々に天の幸いが約束されます。この世で迫害を受けても「喜びなさい、大いに喜びなさい、天には大きな報いがある」(5:12)。天と、天にいる人は、喜びに満ちているのです。
詩編149編も「ハレルヤ、主に新しい歌を歌え、忠実な人々の集いで賛美の歌を」と歌っています。「忠実な人」(ハシディム)とは貧しさや悲しみゆえに、主の慈しみに頼らざるをえない人々です。「諸聖徒」とも訳されます。天の諸聖徒は悲しんでいるのではなく、喜んで賛美を歌っているのです。
天とは「遠い国」ではありません。今ここにある創造主の次元です。このこの世の悲しみから解放され、私たちの本来の姿が回復される場所です。それは神を礼拝し、感謝と賛美を喜び歌う存在です。今ここで、すぐ近くで、愛する逝去者は「愛唱歌」を喜び歌っています。
悲しむ時は大切です。十分に悲しまないと、本当の癒しと喜びは訪れません。しかし私たちは、どんなに地上の悲しみと苦しみに苛まれても、最後は喜び歌うのです。「床に付していても喜び歌う」と詩人が歌うように、たとえ自分が病気で死の床に伏していたとしても、神の復活の救いを信じて、喜び歌うのです。この喜びは普通の人にはない、信仰者に与えられた恵みです。
逝去者を想う時、あの人が天で愛唱歌を歌う声を聞きましょう。
「ほら、一緒に歌おうよ。愛唱歌を歌おうよ。賛美しようよ。喜ぼうよ。だって命の造り主が私たちを復活させてくだり、私たちは抱き合って再会を喜ぶんだから。」

