2026年8月30日聖霊降臨後第14主日(特17)
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| カーク氏追悼集会でのエリカ・カーク氏,2025.9. |
ほっとします。バカにされたり傷つけられたりするとすぐ根に持って「今度はこうやり返してやろうか」などと企み、頭がぐるぐるする、私は小さな男です。しかしパウロは「復讐は神のすること」と教えます(19)。あぁそっか。復讐なんてつまらないことを考えず、相手を愛す道がある。復讐心から解放されて自由になる道があるんだと。
パウロは12章でキリストに「造り変えられた」生き方を説きます。それはただの処世訓ではなく、十字架と復活の主に呼ばれて従い、一般社会の価値基準から切り離されて生きる道です。その後半はイエスさま直伝の「迫害者への愛」から始まり(14、マタイ5:44)、一致と謙虚さをふまえ、悪で悪に報いず善を行え、と教えます(17)。悪を受けても「自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい」「復讐は私のすること」と(19)。
「神の怒りと復讐」を信じることは大切です。人を傷つけ苦しめる悪は決して「傷ついていない」と我慢して沈黙したり、「もういいよ」と無かったことにすることではありません。悪は必ず神の正義によって裁かれるものです。ただし、自分が神ではないだけです。復讐はこの世的な人の道です。神に復讐を委ね相手を愛する道こそ、困難ですが、キリスト者の道です。
米国保守系団体TPUSAのチャーリー・カーク氏は大学で登壇中に狙撃されて死亡しました。妻のエリカさんは10日間悲しんだ後、追悼集会の7万人の前で、途切れ途切れに泣きながら宣言しました。
「『父よ、彼らをお赦し下さい、何をしているのか分からないのです』、そう救い主が祈ったはずの、あの男、あの青年、彼を、私は、赦します。それがキリストがしたことであり、チャーリーがすることだから。憎しみに対する答えは憎しみではありません。福音が教える答えは愛です。常に愛です。」
憎しみの連鎖を拒否したのです。
イエスさまは私達の悪意を受けても復讐せず、死にました。私達を愛して、憎しみの連鎖を断ち切りました。復讐を父に委ね、悪を諦めて死んだ。だからこそ永遠の命が輝いたのです。
「復讐は私が預かろう。もう憎しみから解放されていいんだ。自由になっていいんだ。愛の人になったらいいんだよ。」

