2026年5月24日聖霊降臨日
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| クロード・モネ 「ジヴェルニーの庭」1900年. |
こう聞いてほっとしました。
自分はカリスマ牧師でも、高名な学者でもない。病気で体力がなく、ボランティアも、キャンプもできない。他人を見ると羨ましくなります。
ですがパウロは「個人ではなく教会全体を見よ」といいます。たとえ賜物があなたにではなく他の人に与えられていても、あなたたちは同じ一つの体。(12:12) そう思うと喜びを感じます。たとえ自分にはなくても、与えられている他の人がその働きをしている。私「だけ」がどうこうではなく、私「たち」の教会全体が、恵みを受けて働いている。
そして同時に謙虚にされます。自分の働きや能力ばかりを見つめて、あなたはどれだけ傲慢なのか。大切なのは同じ一つの聖霊の働きじゃないか、と。小さな自分の枠を超えて、もっといろんな働きを通して、聖霊なる私が働いているじゃないか。それを喜んでおくれよ、と。
霊の働きをパウロは列挙します。知恵や知識、癒しや奇跡、預言や識別、異言という恍惚状態まで。大津聖マリア教会でも教会委員、会計係、ナルド会、将来構想、カフェマリア、礼拝奉仕、お掃除…。多くの恵みの賜物です。しかし、最も目を引くのは9節の「信仰」という賜物です。何も働けなくても、誠実に懸命に主を信じる信仰は、それだけで人を照らす賜物なのです。
そんな多くの賜物が、モネの美しい庭の一つ一つの花のように、比べたり羨んだりせず、それぞれが自分の花を咲かせ、全体として豊かな神の愛と希望を表すのです。
すべての人に働く同じ一つの霊こそ教会員の喜びです。「私たちの内に聖霊が働いている」喜びです。一つの体を作る洗礼の喜びです。イエスさまが一人一人のために死に、霊的に共に生きている「渇きを潤す霊」です(ヨハネ7:37)。
聖餐式で聖霊が降るとき「私たちは多くいても一つの体」となり「一つの体として聖霊が満ち」ます。陪餐は個人が恵みを受けるだけでなく、共同体が聖霊を受ける場です。大津だけでなく世界中の教会に働く、同じ聖霊を受ける喜びです。一人では決して得られない喜びです。私たちはその喜びの一部です。
「喜んでくれ。聖霊なる私は、あなた個人だけでなく、教会全体に働いている。だから他人の働き、聖霊の働きを、自分の働きとして喜んでくれ。それはあなたの幸せだ。」

