「イエスは立ち止まった」マルコ福音書10章49節 (B年特定25)

2015/10/25

 本日の上野は天神祭の人混みでごった返しています。同じような人混みの中イエス達はエリコからエルサレムでの過越祭に向かいました。
 その道端に一人の乞食が座り込み、唯一の財産の上着を広げて物乞いをしていました。その名はバルティマイ。目が見えなくなってから職にあぶれ、家や村人からのけ者にされ、信仰的にも「罪の罰だ」とレッテルを貼られてきた。
 この男が聞区のです。「救い主が今、目の前を通る」。これを逃せばもう救いのチャンスはない。全身全霊で叫びます。「私を憐れんでください」「助けてください」「助けて!!」と。
 だが祭りに向かう雑踏で、誰が乞食の叫びに耳を貸すでしょう。もっと楽しい事や大切な事がもっと正しい弟子達のために待っている。皆 は乞食を黙らせて一行を進ませようとします。
 しかしイエスは立ち止まった。一番弟子を「悪魔」と退け、二番三番弟子の願いを断っても、この乞食の「助けて!」という叫びは逃さず受け止められる。周りは驚愕したでしょう。なぜ神の子が乞食の願いを聞くのか。そしてイエスは言われます。「あなたの信仰があなたを救った。」よく絶望せずに祈り続けた。わたしに頼り切るお前のような者を神は必ず救う。
 癒されたバルティマイは喜び踊り、全てを脱ぎ捨てて主の道に従い、その目で十字架を目撃します。バルティマイは、私たち自身なのです。

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