2026年9月20日聖霊降臨後17主日(特20)
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| アンドレイ・ミロノフ「ブドウ園の労働者の譬え」2011年. |
「働ける喜び」は人間の根本的な喜びです。
ぶどう園の主人が日雇い労働者を雇いに朝6時に広場へ出かけます。若くて体力のある者から順に一日1デナリオン(約1万円)で雇います。「やった、働ける。これで今日一日生きていける」と最初は喜んでいたのです。
しかし主人は不思議なことに9時にも「それなりの賃金の約束」で雇います。それを12時にも3時にも繰り返します。そして夕方5時に広場に行くとまだ仕事がもらえていない人がいます。彼らは悲しげに「誰も雇ってくれないのです」と言います。だから主人はもう1時間ほどしかないのに雇います。
思に最後の人たちは、高齢であったり、障害や病気があって元気に働けない人たちだったのだと思います。主人は憐れんで雇ったのです。「あなたにも働いて報われる喜びを感じて欲しい」と。彼らは喜びました。「もう働けない、働きが報われることなどない、と思っていたのに雇っていただいた! 嬉しい!この心に応えて精一杯、頑張ろう!」と。
そして仕事が終わり、報酬が腹らわれます。まず1時間しか働いていない最後の者が銀貨1デナリオン受けとりました。丸一日働いた人たちはより多くを期待しましたが、もらったのは同じ1デナリオンでした。そして当然、不平を言います。「涼しい夕方に1時間しか働いていない奴と、丸一日酷暑に耐えて働いた私たちを同じにするのか。不公平だ!」。正しい訴えです。
しかし主人の答えは正しさを超えた憐れみです。「友よ、あなたは私と1デナリオンの約束をしたではないか」。放蕩息子の兄に語るように、不平を言う労働者に「最初の雇われた喜びを思い出せ。嫉妬の悪い目は、私の善さを見ることのできる善い目に変われ」と。
神は人間の正しさを超え「神に雇われ、働ける喜び」を与えられます。(14) 全ての人は若さや体力、能力や立場に関係なく、神の働きに雇われます。人を愛し、人を祈り、人に仕える働きに雇われます。たとえ寝たきりでも神は雇われます。
そして働きはどんなに小さくとも神は報われます。一生に最後の一瞬だけの働きでも報われます。十字架と復活による永遠の命で報われます。報酬は神の命ひとつ。二つでも三つでもなく永遠の命ひとつ。有り余るほどの報酬です。
父のみ心を、全ての命で喜んで働いたイエスさまの声を聞きましょう。「その人に応じて、父は私たちを雇い、働く喜びと報われる喜びを下さる。働ける喜びを感謝しよう。」

