2026年7月19日聖霊降臨後第8主日(特11)聖餐式
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| Lucas Cranach.1534. ルター聖書挿絵. |
東日本大震災では美しい海が人々に牙を向きました。多くの命が奪われました。「海を見るのが怖い」と被災者は言われます。能登でもベネズエラでも同じです。自然災害で人が死ぬことを神は望んでいると私には思えません。理科の授業では「自然」な出来事なのでしょうが、神の人への愛を思うと自然災害は悪の力に思えます。
パウロは信じました。人間は罪深い故に救いが必要だが、自然(被造世界)もまた純粋無垢ではなく、救いを必要としている。被造世界が悪と死の力から解放され、ただ神の命に溢れる世界を「被造物全体が今に至るまで共に呻き、生みの苦しみを味わっている。」聖霊も、私たちも、主イエスも神も共に「呻き求めている」と。(8:22)
その世界は、理科で教わった自然界の循環を超えた、悪も死も腐敗も、どんな災害もない世界です。「めとることも嫁ぐこともない」世界(マルコ12:25)、すべての死者が復活して神を礼拝している世界です。(黙示録22)神さまの命と愛と光が溢れる、美しい世界です。
そして言います。「被造物は神の子たちが現れるのを切に待ち望んでいます」。不思議なことです。「神の子たちの現れ」とは終わりの時の「復活した私たち」です。新しい天地創造の初穂として、海や山や川が(また琵琶湖も!)私たちの復活を待ち望んでいる。神に作られた被造世界全体が新しい人間を待ち望んでいる、と教えるのです。
それは神の肖像としての私たち人間は、全宇宙の象徴であり小宇宙だからです。象徴や小宇宙に起きたことは全体に起こります。人間が罪と死から「贖われて」新たになる日(23)、被造世界全体が悪から解放され始めます。私たちの復活は新創造の初穂なのです。
この喜びは、救いが私一人の心の中だけでなく、自然界全体の救いと結びついていることです。一人だけでなく、自然界全て、全被造物と共に救いを喜べるのです。
この新創造の核心が復活したイエスさまです。この復活で新創造が始まり、私たちの復活を通して、この自然界の解放が完成します。
葡萄と麦という被造物を用いて、私たちを造り変える、造り主の声を聞きましょう。「喜べ、私は人間を新たにし、自然界を造り変える。だから共に呻き、共に喜ぼう。新しい自然界すべてに結ばれて。」

