裁きの共苦(コンパッション)「ピラトは罪状書きを書いて十字架の上に掛けた。それには『ナザレのイエス、ユダヤ人の王』と書かれていた。」ヨハネ19:19

2026/04/03

 2026.4.3.受苦日礼拝

トランプの世界の王様のような暴力は許されない。私たちの罪もまた真の王なる神に対して、自分が王に成ること。自分の欲望や思いや都合を優先し人を傷つける。

私たちが信じるのは十字架で王として死刑になった罪人。この人は一体誰でなぜ死刑なのか。

まず①政治犯。ローマに叛逆する王として裁かれた死刑囚。ユダが望んだが失望した役割であり、ピラトが裁判で判決を下した罪。

この王はまた②宗教犯。「油注がれた」神として宗教指導者の嫉妬を買い、冒涜罪として死刑

しかし同時に神から見ればこの「王」は真実。③復活で顕わになる王なる神。天地を支配する全能の神。ただし全能の力を全て捨てた無力な存在として裁かれている。

自分を無にするのは全人類の裁きを受けるため。④これは全人類が裁かれている姿。善悪の知識の実を食べ、神に従わず神に成り代わろうとする私たちアダム(人間)の罪が裁かれる姿。真の王は神だけ。神になろうとする罪は王になろうとする罪として裁かれている。

創世記ではアダム(人類)は「王なる神」になろうとした結果、神に追放されて死ぬ。同じように受難ではこの人は命の世界から、また神との親密な関係から追放されて死ぬ。大往生ではなく「王になろうとした」罪人として責められ、暴力を受け、裁かれ、侮辱され、苦しみ、見捨てられて死ぬ。裁きの苦しみは肉体だけではなく、神に見捨てられる霊的苦しみも。「神よ、なぜ見捨てたのか」「(神に命に)渇く」。この裁かれ見捨てられて苦しみ死んでいく姿が私たちの本当の姿。 (イザヤ53:8)王に成り上がる罪が裁かれ、罰せられた苦しみだ。

この罪の裁きの苦しみを、神は共に苦しんでくださった。神さまは私たちを愛し、人となり、私たちと共に、十字架の上で神に裁かれ、見放される苦しみを共に苦しんでくださった。PassionをCom-pasionし、憐れんでくださった。

そうして裁きを受けた死、キリストの死は、私たちの死。私たちが罪のために裁かれ、死刑にされた結果の死と滅び。大きな王から小さな王迄、神を裏切り神に従わない私たちの古い人間は、ここで裁かれ、その罪で死刑にされ死んだ。

(ロマ8:3)「神は御子を、罪のために罪深い肉と同じ姿で世に遣わし、肉において罪を処罰された」

私がこれまで犯した過ち、失敗、裏切り、不信仰は十字架で裁かれた。処罰された。滅びた。消えた。拭われた。清められた。贖われた。解放された。これが赦し。

そしてこの死刑囚となった神の死と共に自分に死ねば、復活によって神と共に生きるようになる。これこそ救い。喜び。独りじゃない。(ガラ2:20)「私はキリストと共に十字架に付けられました。生きているのはもはや私ではありません。キリストが私の内に生きておられるのです。」イエスが死ぬことで、罪を犯した私も死に、そして復活の主によって生かされる。だから悔い改め、謝罪し、人を赦す人になる。

十字架の罪状書きから叫ぶ神様のCompassion、共に苦しむ憐れみの声を聞きましょう。

「私はあなたと共に裁かれ、苦しみ、見捨てられ、死んだ。だからあなたも死になさい。そうすれば私はあなたの内に生きる。あなたの真の王として生きるから。」


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聖公会京都教区の司祭です。大津聖マリア教会勤務です。うつ当事者として自助グループ「マ・カタリーナ」の世話人もしています。リンクをご覧ください。

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