悲しむほどの愛 「神の聖霊を悲しませてはなりません」  (エフェソ4:30)

2021/08/07


 えっ、と驚く。「聖霊は神。神は完璧だから悲しむ弱さなんか持ち合わせていないのでは?」。いや、ちがう。この悲しみは愛ゆえだ。神は深く深くあなたを愛している。イエスの復活で神の新しいかたちを与えられるほどだ。


 例えば我が子が友達をいじめて傷つけたとするならどう思うか。普通は悲しむだろう。愛しているからこそだ。神は「悲しむ」ことができるほどに、あなたを愛しておられる。


 聖霊を悲しませる諸悪の根源は「怒り」だ。「怒ることがあっても、罪を犯してはなりません」(26)とパウロも認めるほどに私たちの内には怒りが巣食っている。ほとんど病気だ。もちろん正当な理由があって人に「怒る」こともある。だがそれでも「日が暮れるまで怒ったままではいけない」(4:26)。それより、自分自身を受け容れられず、怒りと攻撃性に満ちる人がいる。そんな時が自分にもある。


 そして「恨み、憤り、怒り、わめき、冒涜、一切の悪意」(4:30)が「悪い言葉」になって口から出る(4:29)。これを一つ吐くとき神は一つ悲しむ。逆に「人を造り上げる善い言葉」をあなたが一つ人にかけるとき、神は一つ喜ばれる。


 怒りの反対は「赦し」だ(32)。神は怒りを滅ぼそうとご自分の命を献げ、全ての怒りを十字架で受けられた。この方法で神はあなたを愛した。赦した。そして私たちをご自分の「愛された子」として「証印」を押された(4:30,5:1)

 真の信仰は礼拝で終わらず、人間関係を変える力となる。神はあなたの一挙手一投足を愛し、見つめておられる。怒りを手放し、赦そう。神を悲しませず、喜ばせよう。 


「主イエスの最後の説教」James Tissot. 1886-1894年、水彩画、ブロックリン美術館、ニューヨーク


 

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