2026年2月8日顕現後第5主日 聖餐式
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| 「木の軛に繋がれた奴隷」1840年頃National Maritime Museum, Greenwich, London. |
灰の水曜日と受苦日は断食日です。(普通は朝と昼だけです)食い意地の張っている私には苦しいことですが、いつも恵みと自由を感じます。飽食と過食の束縛から解放され、弱くなることで創造主に頼ることになり、主こそ命の支え主であると感じるからです。恵みをダメにする悪い欲や依存を絶つことでその恵みを再び実感できます。
大斎中の平日は食生活や現代生活(例えば酒やスマホ)を節制して代わりに祈り、献げ、主日には恵みを逆に祝いましょう。
しかし社会での公正な行いが伴わないなら断食も節制も偽善だとイザヤは批判します。断食で敬虔を装っても、雇っている奴隷を虐げ、人と争い、不正を行う者は偽善者だ。これは断食だけではなく献金、献花、奉仕など礼拝生活全てを含みます。
主が喜ぶ断食とは食を断つことだけではなく、不正を断つことだと。そしてマタイ25章でイエスさまが預言を受け継いだように「飢えた人にパンを与え、家のない人を迎え入れ、裸の人に着せ、困っている親族を助けよ」(58:7)貧しく小さく弱くされた者の側に立て、と。
神は断つ存在でもあります。不正の束縛を断ち「軛の横木を折り」虐げられた人を自由にします(58:6)。主はイスラエルの民を出エジプトで奴隷から解放し、バビロン捕囚からエルサレムへと連れ帰った神です。
そしてイエスさまこそ不正を断つ存在です。神は「肉において罪を処罰された。」(ロマ8:3) 私たちの不正を受け取って死に、罪と死の鎖を断ち、罪の捕囚から解放して復活の命に与からせてくださいます。救いとはあらゆる束縛からの解放です。
大斎節中、祈りと行いで断ちましょう。平日は自分の欲や依存を断ち、主日はその恵みを祝いましょう。行いでは、どんな小さな形でもいい、社会の不正を絶つことを求めましょう。
聖餐で「悪魔の枷を打ち破り、新しい命に復活して勝利を表された」と祈る時、「断つ」神さまの解放の声を聞きましょう。
「私は断つ。あなたも断て。悪い欲と依存を、または社会の不正を。あなたが断つこところに私の恵みは現れる。」

