「手拭いをとって腰にまとわれた」ヨハネ13.4 (聖木曜日)

2017/04/13

 ガリラヤから徒歩で旅して来た弟子達の足はとても汚かったはずです。なのにイエスさまは、主人と僕の立場を逆転させ、慈しむように足を一人びとり洗い始められました。今から苦しみ死んで神へと挙げられるからこそ、と。ここに神の姿があります。    
 足を洗う神は洗礼の神です。神は私たちの汚い心をごしごしと洗って下さる方です。「自分は手拭いのように汚れても、あなたを赤ちゃんのように綺麗にしてやりたい」と。  
 足を洗う姿は聖餐の神です。今夜は最後の晩餐の夜。神は信仰者の魂に触れる手段として、自ら儀式を定めて約束されました。エプロンを腰にまとったイエスは、自分の命と赦しを、パンとぶどう酒を通して、食卓の私たちに給仕し続けられます。足を洗い続けるように、黙々と養い続けられます。  
 そして手拭いを腰にまとう姿は、出エジプトの夜「腰帯を締めて」急いで過越の食事を食べた姿です。神は私たちの足を洗って備えます。「死から命へ、絶望から希望へ、罪から愛へ、過越の旅に出よう、一緒に」と。

このブログを検索

そのほかのメッセージ

ラベル

復活 十字架 神の愛 聖餐式 イエス 信仰 受肉 祈り 三位一体 神の国 聖霊 アッバ 癒し 赦し キリスト 委ねる 悔い改め 救い 自分らしさ アブラハム クリスマス ゲセマネ 勝利 召命 変容 恵み 悪霊 教会 昇天 神の子 羊飼い 解放 ぶどう園 インマヌエル ゲッセマネ 兄弟姉妹 喜び 大祭司 奇跡 嫉妬 子ども 弱さ 忍耐 悔い改め、荒れ野 悪魔 感謝 放蕩息子 洗礼 洗礼者ヨハネ 神の支配 行い 過ぎ越し 陪餐 うつ かみのくに からし種 み名 み心 アダム イスラエル エリヤ ガリラヤ サマリア人 ザアカイ スキャンダル タラントン タリタクム トマス パン裂き ピスティス ペテロ ペトロ マリア マルタ メシア ヤイロ ユダ ユーカリスト ラザロ 不安 不正な管理人 主の祈り 今ここに 伝道 信頼 偶像 共感 再創造 再臨 出エジプト 創造主 十戒 受難 境界線 天国 奉仕 奉献 婚宴 宣教 希望 平安 律法学者 従順 忠誠 憐れみ 懺悔 成就 戒め、山上の説教 承認欲求 招き 新しい創造 最後の晩餐 栄光 楽園 権威 歴史 毒麦の譬え 洗足式 灰の水曜日 無力 父、三位一体 独り子 生きる意味 疑い 病い 真理 礼拝 祝福 神の家 神の言葉 神殿 祭司 種蒔き 絶望 聖書 自己肯定 自由 苦難の僕 裁き 見失った羊 覚悟 親密さ 観想 記憶 誓約 誘惑 譬え 貧しい人 貧しい人、共有、復活 賜物 賢明さ 迫害 追放 重荷 障害 静けさ 食卓

自己紹介

自分の写真
大津市, 滋賀県, Japan
聖公会京都教区の司祭です。大津聖マリア教会勤務です。うつ当事者として自助グループ「マ・カタリーナ」の世話人もしています。リンクをご覧ください。

日本聖公会京都教区 大津聖マリア教会

Wikipedia

検索結果

コメント

名前

メール *

メッセージ *

Tags

QooQ