語っている方を拒むことのないように (ヘブライ 12:25 、特定16)

2013/08/25



 「ちょっと、ボクのはなし聞いて!!」と息子が大きく叫んでハッとします。そして鈍い耳を夫婦で話し込んでいて気づかなかった小さな声に開きます。「ごめんごめん、なんやて?」
 神の声も同じことです。自分が喋ることで神の静かな語りかけを拒んでいないでしょうか。
 キリスト教の神は、今日の使徒書が強調するように「語りかける存在、語っている存在」です。遠くで沈黙していません。「初めにがあった」とされる神です。そして信仰者はそれを聴きとり、聞き従い、感謝賛美する存在です。
 わたし自身、キリスト者として生き、人に説教までしても、誠実に神の語りかけを聞き取っていないなら、無意味だと思います。神と対話し、聖書を「祈読」し、生活の中で神の声を聴いていないなら、信仰生活は退屈です。
 神の声は「静かにささやく声」(列王19:13)です。それは「お前はわたしの大切な存在だ」という静かな愛の語りかけです。十字架で犠牲を払ってもあなたを愛するお方、イエスの沈黙の声です。それは「語りかける注がれた血」(12:24)です。あなたのために血を流して死んでくれたお方が、あなたに命を与えようと、今もこで、語りかけているのです。あなたの足下にいるお方に、静かに静かに聴き入ろう。

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聖公会京都教区の司祭です。大津聖マリア教会勤務です。うつ当事者として自助グループ「マ・カタリーナ」の世話人もしています。リンクをご覧ください。

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